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2019年5月 書肆こもれび 今月の1冊 『みぎわに立って』

  • こもれびスタッフ
  • 2019年5月10日
  • 読了時間: 4分

書誌情報

タイトル:『みぎわに立って』

著者:田尻久子

出版年月:2019年3月

出版社:里山社





架空の書店「書肆こもれび」の店主、根本による本の紹介。第2回の今回は、熊本にある橙書店( http://www.zakkacafe-orange.com/ ) の店主、田尻久子さんによる『みぎわに立って』を取り上げる。


※ ※ ※


この本のことは、発刊時にTwitterのタイムラインに流れてきたことで見知った。初見で分かったのは、「熊本にある書店の店主の方によるエッセイ」ということと、「熊本地震後の日々のことを書いている」ということだった。


前回に引き続き個人的な話になってしまうが、私は未だに、いわゆる「震災文学」というものにきちんと向き合うことができないでいる。念頭にあるのは主に東日本大震災のこと。私自身は震災の被害者ではないのだが、震災にまつわる映像があまりにもショックだった。そのため、震災について正面から向き合って思いを巡らせることで、あの映像を思い出すのが怖いのだと思う。そして、「震災文学」に綴られた言葉の生々しさに、たじろいでしまうのだと思う。我ながら、身勝手な話だということは分かっている。


この『みぎわに立って』についてはじめに知った情報が「熊本地震後の日々を書いている」ということだったため、私の頭の中ではこれを「震災文学」にカテゴライズしてしまい、すぐに手に取ることができないでいた。ただ、Twitterで見かける書影により、その表紙の美しさに惹かれてはいた。


※ ※ ※


この3月、こもれびのすぐ近くに「早春書店」( https://twitter.com/so_shun_shoten )という本屋さんがオープンした。こんなに近くに本屋さんが出来たことが嬉しくて、実際にお訪ねする前にTwitterで隈なく情報をチェックしていた。

早春書店さんが扱うのは古本が中心なのだが、一部の新刊本も扱っているらしい。そして、扱う新刊本の中に『みぎわに立って』があるらしい。


このことに何かのご縁を感じた私は、初めて早春書店さんを訪ねたとき、『みぎわに立って』を購入した。やはり、表紙の美しさが際立っている。


家に帰ってページを開くと、扉にはこんな言葉が。


店を営みはじめて十七年が経ちます。 お茶を淹れ、本を売り、ときに唄会や朗読会を催し日々を過ごしています。 そして、いくつもの出会いがあり、出来事があり。 出会った人、見えたもの、聴こえた声、通り過ぎたもの、すべて記憶することはもちろん叶いません。 でも、それらは、かけらとなって私の中に堆積していき、 ひかるものとなり、あるいは消えていきます。 それを少しだけでもとりだせたらと思います。(p.3)

そしてその後に続く目次には、「*」の数だけで表された章立てが並ぶ。


なんだかとても、静かな雰囲気を感じる。お店での日々に対する、静かな愛情。私が勝手にイメージを作り上げていた「震災文学」とは明らかに異なる。


※ ※ ※


本の中では、橙書店での日々のことが80本余りのエッセイで綴られる。エッセイは1本あたりが見開き2ページの構成となっており、そのコンパクトさが、日々の出来事に対する細やかな目配りと相まって心地よい。そして今気づいたのだが、ページ番号が振られているのが奇数ページのみ。これもまた、本全体に良いリズムを生んでいる要素の一つかもしれない。


もちろん、熊本地震のことも語られる。だがそこに感じるのは、射すくめられるような生々しさではなく、冷静に現実を直視してご自身にできることを自然体で実践する田尻さんの姿。お店をお訪ねしたことも、直接お会いしたこともないのに、不思議と明日にでもふらりとお店に足を運んで、田尻さんにお会いできるような気がしてしまうから不思議だ。


多くの部分が私の心に残ったのだが、ここでは2つだけご紹介しておきたい。


 日々を穏やかに過ごせていない自分に、雨の詩を読みながら気付いた。忙しいとか、体が不調だとか、そんなことばかり言っているよりも雨を見ているときの穏やかな心持ちを言葉にできればいいのにと思う。本屋の言うことではないが、雨そのものが詩だから、ほんとうは言葉もいらないのかもしれない。雨や空を見て穏やかな気持ちでいられたらそれだけでいいのかもしれない。(p.75 「雨と言葉」より)

 一年後のことはあまり考えない。十年後のことはもっと考えない。自営業などやっていると、先のことを考え過ぎれば不安になるのでほうっておく。それより明日が大事で、今日のほうがもっと大事。だからと言って、いつ死んでも悔いはないとはまだ言えない。そう言えるようになるには、何かが足りていないのだろう。時間か経験か、充足感か、あるいはあきらめか。(p.167 「握手」より)

書店という「場」で日々様々な人と出会って心を通わせ、その一方で自分自身のことをきちんと見つめる田尻さん。橙書店はそんな田尻さんの人となりが感じられる、素敵なお店だということが想像できる。

私がいつの日か作るかもしれない「書肆こもれび」もそんなお店に出来たら、と思うばかりである。


<もう1冊>

若松英輔(著)『悲しみの秘義』(2015年、ナナロク社)


『みぎわに立って』は必ずしも「悲しみ」を正面から扱ったものではないが、最後まで読み終わったときにふと頭に浮かんだのがこの1冊。冷静に自分自身を見つめつつ周囲の他者を慮る筆致に、近しいものを感じたのかもしれない(ちなみに、元々が新聞連載だという点も共通している)。

こちらも、表紙をはじめとして「モノ」としての美しさが抜群だ。

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